今回お話を聞いたのは
大分こどものとも社とは?
絵本の出版社「福音館書店」の販売代理店としてスタート。現在は、良質な絵本やヨーロッパの玩具などをツールとして、保育園や幼稚園への普及活動や保育の研修事業『BRILLIANT FUTURE-ブリリアント・フューチャーー』の運営なども行なっている。「子どもたちの輝く未来を創るため」をモットーに、良い文化を伝え広める啓蒙活動に力を注ぐ。子ども達が平等に、いい絵本やおもちゃに触れる機会を作ることで、保育の意識格差をなくし底上げをしていきたいという想いで、活動を続けている。
「大分こどものとも社」の活動を内容を教えてください
子どもたちに平等に、いい文化に触れてもらうお手伝いを…
石川:
幼稚園・保育園には様々な層のお子さんたちが集まっています。お母さんの愛情をたくさん注いでもらっているお子さんも、そうじゃないお子さんもいます。その中で、せめて園では良質な絵本やおもちゃに触れ、どんなお子さんも平等にいい文化に触れることで様々なことを学んで欲しいと、5年前ぐらいから活動を始めました。現在は当社でブリリアント・フューチャーという研修専門の事業を立ち上げ、より深く充実した活動を行っています。誰かの経済格差を埋めることはできないですが、意識の格差は人との出会いで変えられると思うんです。この活動を通じ意識の底上げをすることで、子どもたちの輝く未来に力添えできたらというのが私たちの理念。幼稚園や保育園などの保育現場での研修活動を、代表講師の上杉さんが担っています。
上杉:
私は保育士の経験があるので、現場の先生たちの状況や気持ちがわかるんです。保育士さんは本当に大変で、疲弊している実情も…。先生の心が疲れている状態でいい絵本を読んでも、残念ながら子どもたちの心には届かない。でも「この絵本が素敵! この話が大好き!」という感情を持って読むと、不思議と届くんです。だから、保育士さんたちがより楽しくお仕事できる環境の手助けができれば、と現場に入ってコーディネーターや研修をさせてもらっています。
石川:
様々なご家庭や子どもたちが一箇所に集まっているのが保育園や幼稚園。そこで勉強会や講演会などができれば、100世帯あればそこに想いを届けることができる。保育園や幼稚園で話し伝えることが、最後の砦でもあるんです。
絵本が子どもたちに与える、いい影響とは?
しっかりとした根っこが育ち、自分で考える力が育まれます
上杉:
今、SDGSが提唱されていますが、言葉の格差や文化の貧困、さらには愛されることへの貧困など、子どもたちを取り巻く環境の問題が浮き彫りになっています。昨年の若年層の自殺者の人数は、一昨年の2倍になっています。自己肯定感の低さが生まれ、そこから立ち直れない若者が多いのです。
今、日本は大教育改革を行なっています。それは、想像力や自己肯定感、コミュニケーション力、集中力など、目に見えない力=認知能力を伸ばすための教育改革です。今の子どもたちが大人になる時、AIが発達した世の中になっていることでしょう。その時代に求められるのは、主体的で対話的で豊かな発想力。より深い人間力が必要とされてきます。豊かな絵本との出会いは、他人への思いやりや優しさ、理解しようとする気持ちなど、目には見えないけど生きていく上でとても大切な、人間の根っこを育ててくれます。
今のことしか考えられない子どもは〝今ゲームをしたいからゲームをする〟〝今お菓子を食べたいから食べる〟と、先のことを想像することができず、短絡的です。しかし、これからは想像して先読みし、自らで動く力が求められます。
スマホの中の動画やテレビのメディアは、勝手に絵が動いてくれます。絵本は、自分の心で絵を動かさないといけません。そこに豊かな想像力が生まれ、先を読む力や、自分で決断する力が育っていきます。SNSも発達し、なんでも人と比較してしまう自己肯定感が低くなる情報が世に溢れています。でも、絵本を読むと豊かな想像力を育むことができるので、どんなことも楽しむ力=ポジティブシンキングできるようになります。
絵本の読み聞かせは何歳から始めるのがいいですか?
理想を言えば、0歳から就学前に習慣づくといいですね。
でも何歳からでも遅くはありません!
上杉:
0歳児からの読み聞かせを推奨しています。まずは「いないいないばあ」という名作から入るのがオススメです。これは不朽の名作で、今でもナンバーワンのベストセラーです。脳は0歳から1歳の間で75パーセント完成すると言われています。また3歳までの間に、大人が発する言葉を聞き覚え、そこに絵本との関わりができることで、三千万語の語彙力の違いが出てくると言われています。絵本には美しい日本語がたくさん詰まっています。だからこそ早い段階で、絵本の読み聞かせが習慣になり、お子さんがその時間が楽しみになるいう環境が築けると理想的ですね。人生の根っこに愛着というものが育っていないと、好奇心は上乗せできない。好奇心が学力の土台になるので、できれば就学前の6歳までに学力の土台を作って、小学校に接続したいですね。
石川:
僕の体験談をお話ししますね。僕がこの世界に入ったきっかけは、宮崎県にある施設「木城えほんの郷」との出会いに始まります。当時、僕は大型書店で働いていて児童書を担当していました。通勤途中に施設の看板を見つけ、気になり覗いてみたら、高齢の男性がボランティアで絵本の読み聞かせをしていたんです。忘れもしない「きょだいなきょだいな」という絵本でした。活動そのものにも感動したんですが、読んでいた絵本の世界にも引き込まれ、その後ボランティアに参加することに。
ある日、中学校に読み聞かせに行ったんです。その時読んだのは、赤ちゃん用の絵本でしたが、中学生3年生はその読み聞かせの時間を楽しんでくれました。後日、丸坊主の図体の大きな男の子が「石川さん、あのとき読んでくれた本はどれっすか?」と書店を訪ねてきました。その本を買って帰りってくれ、すごく嬉しかったですね! その時、思ったんです。絵本の読み聞かせって、何歳からもで遅くないし、大人でも感動できる素晴らしいものだと…。早い時期から始めるに越したことはないのですが、でも何歳からでも遅くないと思います。
お二人がピックアップしてくれた普及の名作絵本の数々
読み聞かせるのは、パパでもいい?
男性の声は、実は子どもの耳に通りやすいそうです
石川:
これもボランティア活動をしている時に聞いた話ですけど、男の人の声は低いので、実は子どもの耳に通りやすいんだそうです。だから、パパの読み聞かせも子どもにとって心地いいようですね。男性ならではの読み聞かせの楽しさを伝えることもできると思います。
共働きの家庭も増えて、ママも日々忙しい。
そんな中、読み聞かせの時間が持つ意義とは?
ほんの5分でいいんです。
読み聞かせは双方に幸せホルモンを分泌させます
上杉:
時間のない忙しいママが増えている昨今。時に「私は今日も子育てをないがしろにしてしまった」と自分を責めることがあるかもしれません。でも、一日の終わりに絵本を読んであげることで、子どもと触れ合う時間を作った自分を認めることができるかもしれませんよね。たった5分だけでいいんです。絵本を読むと、オキシトシンという幸せホルモンが分泌されることがわかっています。人と触れ合うことで分泌されるホルモンなんですが、お母さんの膝に乗って、お母さんの声を聞いて、子どもたちは安心して絵本の世界に没入でき、そこに深い信頼関係と愛情が生まれます。やっぱりママやパパの読み聞かせに敵うものはないんです。でもそれが無理であれば、おばあちゃんや保育士さん、幼稚園の先生、地域の人など、養育者と言われる方々に代わりに読んでもらえばいいんです。
石川:
脳科学の分野で、読み聞かせがもたらす子どもの脳の影響を調べた著書が出ていますが、それによると、実はお母さんの脳にもいい影響をもたらしているそうですよ。だから、読み聞かせの時間は、双方にとっていい影響を与えているようです。
絵本を読む時に意識したいことは?
そんな中、読み聞かせの時間が持つ意義とは?
環境も大事。心地よい空間を作ってあげてください
石川;
大人は子どもに〝楽しさ〟を提供する機会は多いんです。例えばどこかに連れて行ってあげたり、パフォーマンスで楽しませたり。でも〝心地良さ〟を提供しようとは、なかなか思いつきません。自分のことを考えてみても、それって大事だと思いませんか? 仕事も勉強も、心地良い場所でやると不思議とはかどりますよね。子どもも一緒で、居心地のいい空間は落ち着くし、そこで絵本を読んでもらうと、絵本の世界に没入しやすいんです。パパ、ママの温もりにプラス、家の空間の心地良さを意識して、読み聞かせをしてあげるといいと思います。
上杉:
場所ってとても大事。園でも、先生たちが見て一番落ち着く場所を読み聞かせの場所にしてもらっています。そこに絵本棚やカーペット、クッションなどを配置してらったり、天蓋をつけてもらったり工夫してもらっています。環境が変わると、先生たちもお子さんも意識が変わるんですよね。あと、お子さんが小さい頃は、絵本の表紙が見えるように絵本を並べておくといいですよ。言葉の前の言葉と言われている〝指差し確認〟が絵本でできるようになります。自分の好きな絵本を指を刺して「これを読んでほしい」と意思表示するようになります。
いい本を選び、いい本に出会えるコツはありますか?
いい施設を利用し、あえて「選ばない」こと
上杉:
私は、2人の子どもを育てた母親でもあります。子どもが生まれた時から小学校就学前まで、一日10冊以上の絵本を読んできました。県図書などに行って、3人分の貸し出し利用券を使って1週間で30冊の絵本を借りていました。その際、あえて選ばず、無作為に30冊を選んでいました。自分のフィルターを通すと、どうしても好きな作風に偏るのが嫌だったので。そこでいろんな作品に出会い、私も子どもも好きな絵本が分かってきました。イメージとしては「いろんなものをたくさん食べた」って感じ。食事と同じで、いいものを食べるといい栄養になるし、バランスよく食べるのが大切ですもんね。気に入った作品は購入し、その後何度も繰り返し読んだ絵本もたくさんあります。
インスタグラムの中で、ある素敵なお母さんに出会ったことがあります。「私は今、絵本の1000本ノック中」と言って図書館で多くの本を借りて読んでいました。子どもたちにいい絵本を手渡したいからまずは自分が知ることが必要だと言っていました。私も図書館で多くの本に出会うことで鍛えられました。
石川:
いい施設で本を選ぶことが大事だと思います。県立図書館などは、まず間違いないですね。より多くの絵本を読むことで、好みや良し悪しを判断することが自分の中で培われていきます。一方で、上杉さんもおっしゃっているように、より質の高い作品を繰り返し何度も読むことも大切だと感じます。
上杉:
いい音楽も、何度も聴きたくなりますよね。それと同じ。いい本は何度も読みたくなり、読んんだ時の気分で、受け取り方が変わったりもします。多くの絵本を読むと、好きな本がわかってきます。それを繰り返し読んであげることで、自分の好き=強みがわかってくるんです。これからは個性が求められる時代。企業も個性を求める社会に変わってきています。なんでも器用にできる子よりも、これからはこだわりを持った子の方が生きやすい時代になってくると思います。
大人は、自分のお子さんの好きなことを伸ばし、個性を理解し、そこに投資できる〝信じる勇気〟が必要となります。これまでは、いい大学に入り、いい会社に入って…という安パイの人生に価値があると言われてきました。でももうその価値観は崩れつつあります。財産やお金、地位や名誉など目に見える価値から、見えないものへの価値観がフィーチャーされることでしょう。絵本で心を動かし、豊かな心を育てることは〝目に見えない力〟を育む第一歩につながります。
ご自身で絵本の読み聞かせを経験してきて、
実感していることは?
絵本は、親子の信頼関係を築き、
人生の苦難に打ち勝つ大きな存在になっていると感じます
上杉:
今、2人とも大学生です。これまで多くの時間を読み聞かせに費やし、そこでできた親子の信頼関係みたいなものを、成長してからも改めて実感しています。子どもの呼吸を感じながらページをめくることで、そこに寄り添う気持ちやコミュニケーションが生まれますからね。
これは娘の話ですが、大学受験に失敗し落ち込んでいた時、ある絵本が彼女の心の支えとなってくれました。彼女の涙ぐましい努力も見てきたので、二人で泣きました。彼女を支えたのは小さい時に読んだ「いたずらおばけ」という1冊の絵本でした。一人暮らしの貧乏なおばあさんのお話ですが、どんな辛いことがあってもいつも前向きで、常に笑顔のおばあさんのお話なんです。娘はその絵本を思い出し「いたずらおばけのおばあさんみたいに私も前を向かなきゃ。お母さんごめんね。これからお金も時間も使うことになるけど、浪人させてください」っと言い、1週間後ぐらいに「ぐるんぱのようちえん」という絵本に出てくる、像のぐるんぱのぬいぐるみを手作りしてプレゼントしてくれました。その後、無事に大学に合格しました。
これから過ごしていく人生の中で、何度も大きな苦難に出会うと思うんです。でもその時に、これまで出会った絵本が、彼女彼らの支えになってくれると確信した経験でしたね。
プロから見ておすすめの絵本はありますか?
福音館書店から出版されている雑誌「月刊絵本」はすごい!
石川:
絵本は、先人たちの知恵や絵本に関わるプロたちの英知の結晶です。作家さんだけでなく、編集者、製本、印刷、発送、販売に関わる様々な人の想いや手が加わっています。中でも福音館書店の「月刊絵本」は本当に素晴らしい内容です。
上杉:
年間を通じて毎月送られてくる雑誌ですが、1冊に平均3年、長いもので10年の歳月をかけて作り込んでいます。こうしたものだとお母さんも選ばなくていいし、価格一冊440円と安価なんです。絵本のプロが手がけているので年間を通じてバランスよく、絵本からバランス良く栄養が取れる内容になっています。製作する現場や工場の見学に行きましたが、こだわりがすごくて、感動しました。
石川:
あくまで雑誌というカテゴリーなんですが、子どもが読む本なので安全性や補強面を重視し、本の背表紙を糸縫いしていたり、インクや紙も安全なものを使っていたり、採算度外視で本当にいい絵本を作っています。書店やネットでも購入できますし、幼稚園や保育園でも購読の申込を受け付けている場合があります。
お二人が賛するおすすめの「月刊絵本」。
月齢に応じた、その時に知ってほしい言葉や内容がきちんと押さえられた、名作揃い
絵本との出会いは、想像以上に大きな影響を与えてくれますね
愛されたことを思い出し「生きる力」を与えてくれます
石川:
これまでにお話したように、語彙力が増えたり、集中力が育ったり、学力が伸びたり、絵本を読むことで備わる力はたくさんあります。でも僕が思う絵本を読んであげる最大の目的は、大人になった時、幸せな子供時代を想い返すことができるということじゃないかと思うんです。お母さんの優しい声や空間、一緒に聞いていた兄弟や友達のこと、園の先生のこと…。心象風景が豊かな人が人を殺めたり、傷つけたりするはずがないんですよね。その風景を思い出し「あの時はこうだったね」と話せるのは、とても幸せなことなんですよね。そして、絵本って旅もできる。フランス、中国、モンゴル、世界の絵本に出会うことで、いろんな国の文化を知ることができます。視野や知識など、子どもたちの興味が広がり、好奇心も育んでくれます。
上杉:
人生には困難がつきもの。その時に助けられるものがあるかないかで人生は変わってくると思うんです。思い出は、これから生きていく上でのお守りになります。「愛されていた」ことを実感し、それが生きる力になるんだと思うんです。今から私たちが育てていかないといけないのはこの「生きる力」。絵本はその力の源を与えてくれます。未来の宝である子どもたち一人一人の個性を大切にして、想像力豊かで強くたくましい人間に育って欲しいですね。