MAMA STYLE様々なママの様々なスタイルを
ご紹介します

2022.02.22

技術者からWebデザイナーへ
「新しい世界が楽しくて仕方ないです!」

日名子美歌さん[Webデザイナー]

今回のママ:
日名子美歌さん[Webデザイナー]
38歳・別府市出身・大分市在住(小学校2年生・保育園年中の二男の母)

100人の女性がいれば100通りの働き方があると思う。これまでもたくさんの働くママを取材してきたが、誰一人として同じ人はいない。自分なりの働き方を模索しながら、試行錯誤しながら、それぞれがオリジナルになっていく…というか、オリジナルの働き方を作っていくんだと思う。今回ご紹介する日名子美歌さんは、2年前に「nagomi design(ナゴミデザイン)」を設立し、現在はホームページ制作やLINEリッチメニュー、名刺やチラシ制作・写真撮影などをこなすWebデザイナー。実は前職は、メーカー工場の技術系の仕事をバリバリこなしていたのだ。全く畑の違う仕事に転職した、その理由は「今しかできない子どもとの時間を大切にしたい」と思ったから。住み慣れた古巣を飛び出し、一歩を踏み出すのは本当に勇気のいることだけど、その決断をした美歌さんの今の姿は、同じ悩みを抱えるママたちの力になるはずです。

大分でリスタートし
男性社会の技術職の中で勤め上げた15年間

3度目の正直…。「やっと会えましたね!」と、開口一番のご挨拶。取材の際にアクシデントが起こることは、ごくたま~にある。初めての約束日には予測もしなかったトラブルが。2度目は私が体調不良で泣く泣くキャンセルにしてもらい…。なかなか会えず「どんな人なんだろう…」と、そのぶん期待がどんどんと膨らんでいった。そして、3回目にしてやっとのご対面! ベージュ系のパーカーにチェック柄のコートと、偶然にも同じような装いの私たち。お互いに見比べ「気が合いますね! とりあえず、会えて良かった」と笑い合った。

小学校、中学校は別府のカトリック系の学校に通っていた美歌さん。そのまま高校、大学進学…という、なんとなく決められた進路に抵抗を感じていた。ある日祖父に、大分市内に技術系専門の学校があることを教えてもらった。幼い頃から母親や祖父母から「これからの時代は手に職をつけたほうがいい」と言われていた美歌さんは、大分工業高等専門学校へ進学。「それまでは正直、縮こまった世界にいた感じだったので、学校見学に行った時、自由な校風に好感が持てて、高専に憧れを抱いたんです」。ほんわかとした女性らしい雰囲気の美歌さんが、実は理数系女子だと判明し「かっこいい!」と思わず口走ってしまった。学校では、電子系、機械系の専門分野の技術を学んだ。
 
卒業後は、横浜にある電子・電気・半導体の大手メーカーに就職。工業系のパソコンを起動させるソフトの組み込みに関わる部署に配属された。2年弱働いた21歳の時、祖母の介護に追われる母親を心配し、仕事を辞めて大分に帰省。



「男性ばかりの部署で女性は私一人だったので正直仕事の相談とかもしづらくて。仕事内容は魅力的だったんですけど、仕事って結局“人”だと思うので、そこでやりづらさを感じてしまったんですよね…。そんなことを感じていたタイミングでもあったので、大分に戻ってリセットして、仕事を探そうと思ってたんです」。

帰省して三ヶ月後、カメラを製造するメーカーに就職した。そこではどんな仕事をしたんですか? 全く理数系ではない自分が質問したところで、理解できるはずはないと思いつつも質問してみた。

「カメラの一眼レフの工場で工程を組む仕事なんですけどね。CMOS(シーモス)センサーといって、画像を取り込むセンサーがあって、そこの担当だったんです。カメラってすごく深い世界なのでパーツごとに仕事があって。取り込んだ絵の処理をする部分で、そこにどういう設定を加えたらメーカーが理想とする画像に近づけるかという…。こういう色にしたいという設計が本社にあって、そのプログラムをそう調整して機械にインプットするのか?出来栄えは?仕上がりが違ったら何が原因なのか?と、そんなやりとりをします。黒の色は黒なのか?とか。説明するのが難しいんですけどね(汗)」。

ですよね、そうですよね。素人が話を聞いても、なかなか理解できないですよね…(涙)。しかし、そんなミクロな世界で15年間、36歳まで技術職の仕事に心血を注いだ。

日名子美歌さん[Webデザイナー]

なんの資格も持ってないと嘆く私に言ってくれた
「二人のママやん」という言葉が勇気に変わった

その間、同じ職場で働いていたご主人と29歳の時に結婚。仕事は続け、産休を取得しながら30歳で第一子、32歳で第二子を出産した。結婚を機に、職場の近くから大分市内に住居を移し、往復2時間をかけて通勤する毎日だった。

「朝8時出社だったんですが、それを時短勤務にしてもらって9時出社16時終わりにしてもらったんです。それでも朝早く起きて、子どもを保育園に7時に送り届け、高速道路で8時半には職場に着くように通ってました。そんなバタバタの毎日を4年間以上続けましたかね。どうやって過ごしたか記憶にないくらい…(笑)。大きな転機が訪れたのは、長男が小学校に上がるタイミングでした。私、朝7時に家を出ないといけないけど、小学校には何時に行くんだっけ?あれ?ってなって。学童に入っても預かりは最大18時まで。仕事の内容によってはお迎え時間に間に合わない時もあって…。両方の親もまだ働いてたので頼る場所もなく、現実的に無理だし、何より今しかない子どもたちとの時間を大切にしたいと思って、辞めることを決意しました」。

15年間勤めてきた職場は環境もよく恵まれていたため、辞める決断も苦しかったと振り返る。

「でも、いざ辞めるって色々考え出したら、私の資格といえば運転免許しか持ってない、何も持ってない…と改めて気づいて。あの会社では通用する仕事だったかもしれないけど、外に出たら何にも生かされないって、今までこんなに仕事をしてきたのに…って思ってしまったんですよね。主人に『私って、なんにもないよね』って言ったら、『二人の子どもたちのママやん!』って言ってくれて。あの時は泣きました。その言葉でハッとして、頑張ろう!って思えたんです」。

子どもたちと電車で湯布院へ


「どうせなら自分の好きなことを仕事にしたい」と職探しが始まった。自分の好きなことはなに??と思い倦ね、新しくチャレンジしたいものを見けた。

「カメラ製造の仕事に関わってたこともあって、写真を撮ったりデコったりするのが好きだったんです。色々調べてたら、それを活かせるWebデザイナーという仕事を見つけ、講座を受けることにしました」。オンラインでの受講だったが、全国各地の同じ境遇のママたちが受講生として参加していた。みんなが頑張る姿も自分の糧になり、これまで男性社会の中でもまれてきた美歌さんにとって新鮮な時間だった。約一ヶ月受講し、勉強して、2年前の春に「nagomi design(ナゴミデザイン)」を開業。そこからフリーランスとしてを活動開始。同年の三月に仕事を辞め、翌月に事務所を設立したのは、自分を戒めるためだと美歌さん。「自分の中で期限を決めて、追い込んだのがよかったのかなって思います。絶対に仕事をとってきて、このくらいの収益を目指すぞ!って具体的なビジョンを作りました」。
 
そこからは、様々なクラウドソーシングのコンペに参加し自分のデザインを出品したり、SNSで作品を掲載して活動をアピールしていた。その甲斐あって、県外のコンサル会社とパートナー契約を結び、今では店舗やサロンなどのWeb製作やチラシ、名刺、ショップカードなどのデザインに携わっている。また、店舗や事業者が手を組み、デジタルとリアルを融合させた商店街「おすそわけマーケットプレイスツクツク」の「ふらり大分EC商店街」というECサイトの運営やPR製作物などにも関わり、打ち合わせなどにも走り回っている。

自宅での仕事とふらり大分EC商店街のお仕事(イベントとスタッフミーティング)

あの時に一歩踏み出した私がいるから
今の自分があるんです

現在は朝6時に起き、ご主人、息子さん二人を小学校、保育園に送り出し、9時からが仕事時間。17時に小学校から帰ってくる息子さん、保育園のお迎えに合わせて仕事ができる毎日だ。慌ただしく毎日が過ぎた日々とはまた違った、充実感に満ちている。

「これまで機会のなかったいろんな人たちに会える毎日が楽しくて仕方ないです。今携わっている『ふらり大分EC商店街』の活動に参加している方々は、事業を発展させて、経済を作って、故郷の大分に貢献したいという志の高い人ばかり。私もそのお手伝いができるのが嬉しいし、こういう仕事や考え方があるんだって勉強になっています。これも、私をいつも応援し後押ししてくれる主人・子どもたち家族のおかげです。あの時、勇気を持って一歩踏み出した私がいるから、今の自分がある。これまでの経験も全ては今に繋がったていて、一つも無駄もないと感じています」。

今後の目標を聞いてみた。「いつか、大分の人たちの役に立てる会社を作りたいです。デザイン会社、Webサポート、マーケティングができる会社。そして同じ立場のママたちも応援できる存在になれたいいな!」。

日名子美歌さん[Webデザイナー]

nagomi design
https://753design.com/

この記事のライター:安達博子

女性が結婚をして、出産し、慣れ親しんできた職場とお別れするって、結構な勇気が必要。居心地のよかった場所を離れ、それまでに築いてきたキャリアを白紙にするんですから…。私には考えられないけど、でも一方で、新しい世界に飛び出したいという願望もあります。勇気があればね。美歌さんは、その勇気にかけた人。自分を信じる力が強いんだと思うんです。後ろを振り向かず、知らなかった世界を学び、楽しい今を見つけた人。だけど、その一歩がなかなか踏み出せないから、現状に苦しんでるママや女性たちがたくさんいるのも現実。美歌さんの潔い転身物語を一読して、少し勇気が沸いたらなら、まずはその一歩を踏み出してみましょ。「今が楽しくて仕方ない!」という美歌さんの笑顔は勇気の賜物。あの時の自分がいたから今の自分がいるんです。どんどん歳を重ねても「今が一番楽しい!」って言い続けられる人生にしたい! 私も今の仕事にこだわらず、新しい出会いを求めて視野を広げようと、美歌さんの生き方を聞いて思いました。まずは、自分を信じてあげることから始めよう。

こちらの記事もオススメです

page top