福祉と教育の観点から
未来を見据えた学習を
―marbleの特徴を教えてください。
特性を持った子どもたちが大人になったとき、自分の足で歩んでいく土台をつくるため、医療・福祉の専門家である作業療法士と、教育の専門家である塾講師が在籍し、福祉・教育の両軸から“学び”を届けています。現在は、小学校1年生から、専門学校2年生までの約60名の生徒が在籍し、各々が課題を持ち寄り、自分にあった学び方で学習に取り組んでいます。
―自分にあった学び方のために、具体的に何をしているのですか?
認知特性や性格、意欲、集中しやすい環境は、人それぞれです。周りの音や光に敏感なお子さんもいます。勉強を始める前、「足を置ける台があった方が良いか」「下敷きは必要か」「傾斜のある机のほうが良いか」などの質問項目が書かれた「勉強スタイルシート」を使って細かくヒアリングし、まずは子どもたちが自分の集中しやすい環境を知ることからスタートしています。安心して学べる環境づくりができた後は、文章の流れを理解するために漫画を使った穴埋めクイズや、問題の解き方を細かく説明した専用のワークシートなどを活用しながら、個々に合わせた方法でサポートしています。
―どんな学びを展開していますか?
学習塾と聞くと、成績を上げるための場所というイメージを抱く人がほとんどだと思います。しかし、marbleでは、“体験すること”に重きを置いています。昨年は子どもたちと一緒にカフェを貸し切って、お仕事体験を行いました。実際にコーヒーをサーブしたり、フレンチトーストを作ったり、お会計をしたり…。ここでは、学力を上げるのが目的なのではなく、彼らが大人になって、しっかりと生活を送っていけることを一番に考えています。物事に興味を持ち、行動し、体験する、“子どもたちのイマを支えミライを描く”、そんな活きた学びを展開しています。
―放課後等デイサービスとの違いは?
私たちの母体は、児童福祉法や障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスを提供しています。私自身もその一環として、放課後等デイサービスで子どもたちをサポートしていました。その中で、発達障害の傾向があっても診断が下りない、いわゆるグレーゾーンの子どもたちの苦悩を知ることになりました。医療や教育、福祉だけではサポートしきれない子どもたちです。そのお子さんたちをサポートする受け皿としてたどり着いたのが、学習塾というスタイルです。放課後等デイサービスを利用する際には、身体や知的、精神、発達に障害があるという医師の意見書が必要となることもあります。我が子に何かしらの障害があることを受け入れるのは難しく、そのため利用をためらう親御さんも多いと感じました。学習塾という形をとることで、利用のハードルを下げることができると考えたのも、立ち上げの理由の一つです。
―皆さんどのような流れを経て入塾するのでしょうか?
みなさん普段から医療機関を受診されているため、医師から紹介され、問い合わせいただくケースが多いです。また、SNSで塾の風景や勉強している様子をアップしているので、投稿を見て問い合わせをいただくこともあります。最近では、Instagramからの問い合わせが多いですね。
自分を認めてあげることは
未来への第一歩に。
―近年、発達障害という言葉も一般的になってきましたよね?
そうですね。marbleを立ち上げた当初は、「発達障害」という言葉の認知度はそれほど高くなく、どうやって「発達障害」のことを知ってもらえるのかを模索する毎日でした。もともと写真を撮ったり、文章を書いたりすることが好きなので、自分で撮影した画像をSNSにアップし、塾の様子や子どもたちのストーリーをコツコツと綴っていたら少しずつファンが増えていった印象です。今でこそ認知度が高まりつつありますが、お子さんとの関わり方に悩んでいる親御さんはまだまだ多いです。現在は、学習塾の運営をメインに、県内外で発達障害や子どもとの関わり方に関する講演活動もライフワークのひとつになってきました。
―どんな内容をテーマに講演活動をしていますか?
我が子に発達に違和感を感じていたとしても、やはり親として認めづらい部分も少なくありません。それは当然のことだと思います。幼少期は、周囲が理解していればいいものの、成長し学年が上がるにつれ、本人にどうやって伝えようと悩まれる親御さんも多いです。社会に出て働き出したとき、本人が自身の特性について無自覚の場合は、受け入れる会社の方が困ってしまうこともあります。将来、社会の一員として自分らしい人生を歩んでいくには、自身の良い面も悪い面も知って、認めていくことが大切です。面談や講演では、そんなことをお伝えしています。
―活動を通して印象に残っているエピソードはありますか?
長年通っている親子がいて、ある日お母さんから「私はあの子と手がつなげない」と相談されたことがありました。障害について頭では理解していても、心の奥底では受け入れられていないという、親御さんの心の葛藤に触れた気がしました。その状態が長引けば親御さんのメンタリティーに関わることはもちろん、ひいては子どもの不安定さにもつながります。私たちも積極的にアクションを起こしていく必要があるとは思ってはいるのですが、やはり一塾なので、どこまで踏み込んでいくかという難しさは常に感じています。今後も試行錯誤を重ねながら、親御さんとの対話を続け、親御さんが抱える葛藤に少しでも寄り添っていきたいです。
将来の自分のビジョンを
描きやすいキャリア教育を
―お仕事体験を取り入れたきっかけは?
お仕事体験を採用したのは、「机上の課題を通して子どもたちと関わるのではなく、もっと違う形で子どもたちと関わりたい」というスタッフの声があったからです。学習塾なのでプリントなどの机上の課題に取り組むことは当たり前なのですが、勉強も子どもたちの生活の一部分に過ぎません。子どもたちの生活や人生を考えた時に、学習塾という立場を超えて取り入れたのがお仕事体験でした。しかし、いざお仕事体験をおこなってみると、私たちが思っていた以上の効果が現れました。それは、お仕事体験の場が子どもたち同士のピアサポートの場になったことです。発達に障害や遅れのあるお子さんは、自分と同じようなタイプのお子さんと出会う機会が少ないと言われています。これは成長するにつれて顕著になります。だからこそ、波長が合う人や、自分と同じような困り事を抱えている人と緩やかに繋がることができるのも、お仕事体験という場が持つ大きな魅力だと感じています。
―大学生のスタッフもいるとお聞きしました。
教育学部や社会福祉学部で福祉について学ぶ学生が数名アルバイトとしてサポートしてくれています。活動を通して感じたのは、大学生スタッフの存在がすごく大事だということです。発達に障害や遅れがあるお子さんは、将来の自分の姿を想像しにくいものです。アルバイトの中にも、特性を持ったスタッフがいます。そのスタッフの存在は、子どもたちが自身の将来のビジョンを描き、未来への希望を抱くキャリア教育の一助になると感じています。
―今後、新たに挑戦したい取り組みはありますか?
これまで続けてきたお仕事体験は今後も継続したいと思っています。つい先日も、J:COMホルトホール大分で開催された九州作業療法学会で、塾生たちとともに200食分のケータリングを準備しました。緻密なスケジューリングとシミュレーションを組み、大変なことも多かったですが、子どもたちのキラキラした表情が印象的でした。塾での普段の姿とは全く異なり、皆で連携を取りながら、一生懸命取り組んでいましたね。また、今年は県外の学習塾から、子どもたちとの関わり方に関して相談され、marbleの方針や取り組みを伝えるコンサルティング事業もスタートさせています。
―marbleの考え方や取り組みが広がっていくと良いですね。
福祉のサービスを運営するのは、正直体力もいるし、多くのスタッフも雇い入れなければいけません。しかし、「子どもたちのために自分達にできることを知りたい」「塾を運営しているが、特性のあるお子さんたちにどんなサポートが届けられるのか悩んでいる」という方々と一緒になって最適な答えを探していくことも僕の役目だと感じています。子どもたちの未来を考え、サポートを届ける施設や人ががどんどん増えていくことで、ちょっとでも明るく優しい未来が訪れると信じています。