2025.06.10
ホテル業と林業——異なるフィールドで家業を継ぎ、経営者として、そして母としても奮闘するふたりのママがいます。大分市の「有限会社 工藤旅館」代表取締役・工藤萌緒さんと、竹田市「株式会社 堀木材」専務取締役・志賀和美さん。今回の対談では、家業を継ぐことになったきっかけや、女性ならではの視点も取り入れた経営改革、仕事と子育てのリアルな日々、そして次世代へつなぎたい想いなど、たっぷりと語っていただきました。
工藤
私はここが実家というわけではなく、実家が商売をしていたわけでもないんですよ。元々、県内の出版社で編集者として12年間働いていました。2011年の東日本大震災の年に結婚し、ちょうどその頃、夫がリニューアルを計画していた「工藤旅館」に嫁いできたんです。当時はホテル旅館業なんて全くの未経験。でも「金池で温泉を掘る」という話を聞いて面白いなぁと心が躍り、思い切って飛び込みました。
志賀
私は竹田出身で、大学卒業後は地元の銀行や美容外科で働いていました。28歳で結婚し、父が創業した堀木材で経理を手伝い始めたものの、当初は「通帳記帳ができればいい」くらいの軽い気持ちでした。でも父が急逝し、思いがけないかたちで経営のバトンを受け取ることに。夫と二人三脚で始めたものの、経営の知識はゼロ。そこからいろんなことを学びながら、今では社員14名の組織を率いています。
工藤
まったく異業種から家業に入られたんですね。私も、編集の仕事で旅館やホテルを数多く見てきたことがあって、「もっと良いホテルへ進化させたい」と思いながら、フロント、配膳、客室清掃、経理、銀行との融資交渉まで、とにかくなんでも自分でやってみると決めてのスタートでした。
志賀
私は当初、「家業に入る」意識はまったくなく、ほんの事務作業だけ。倫理法人会や中小企業同友会に積極的に参加し、先輩経営者の皆さんからアドバイスをいただいたり、就業規則や社会保険の整備について専門家に話を聞くなど、働きやすい環境づくりにも取り組んできました。ところで、お互い子育て中で、毎日とても忙しいと思うのですが、工藤さんは仕事と家庭はどのように両立されていますか?
工藤
うちは中学校1年と小学校6年の娘がいて、2人ともバスケットボールのクラブチームに入っています。平日夜は練習、週末はほぼ県外遠征。その送迎だけでスケジュールはパンパンです。でも経営者の強みは、時間を自分で調整できること。早朝や夜に仕事をしたり、仕事と仕事の合間に送迎したり。他の保護者のみなさんと協力しながら、荷物運びや遠征の車出しも出来うる限りしています。でも実際は他のママやパパに助けられることが多いのも事実で、頭がさがる思いです。
志賀
うちは3姉妹で、高校1年・中学2年・小学6年。長女は受験を終えて一息ついたところですが、次女は陸上部で、大会や遠征が多く工藤さんと同じように付き添いは欠かせませんね。以前は「母親業が中途半端かも…」と感じて落ち込むこともありました。でも最近は、「完璧を目指さず、できることをできる形でやればいい」と思えるようになりました。仕事と育児を24時間365日、スイッチの切り替えなく向き合っていこう。それが今の私のスタイルです。
工藤
私が工藤旅館に入った当初は、予約は紙の台帳管理で、修正は消しゴムで消して書き直すような状況でした。最初は少し驚きましたが、だからこそ「今こそ働き方を変えるチャンス」だと感じました。編集者として培った取材経験を活かして、さまざまな旅館やホテルをまずはリサーチ。パソコンの導入や予約システムのデジタル移行、経営の見える化など、具体的な改善策を進めていきました。先代の社長も「ホテルを良くするためなら挑戦してほしい」と柔軟に受け入れてくれました。志賀さんも、そういった転換期はありましたか?
志賀
林業も同様で、かつては勘と経験に頼ることが多く、特に価格交渉は感覚的な部分が大きかったです。私は森林施業プランナーの資格を取得し、山の状態をしっかり調査したうえで、土地所有者に見積書と根拠を提示し、適正価格での交渉を心がけています。また、父の代には就業規則も社会保険も未整備の部分が多かったのですが、私が入ってからは、月給制への移行、社会保険の導入、休日数の見直しなど、労働環境の改革に力を入れてきました。職人気質の男性が多い業界ですが、改革後は職場の雰囲気も和やかになりましたね。
工藤
うちは二つのビジネスホテルを34名の社員スタッフで運営しています。ちょうど学校のクラス1クラスほどの人数です。私もなるべく従業員それぞれの事情に寄り添いたいと、パートさん含む全社員との社長面談を行ったりもします。旅館の清掃業務は外注せず自社で行っているのですが、子育て中のスタッフの「子どもが帰ってくるころには家にいてあげたい」という声から、時給保証をした上での早上がり制度など、柔軟な勤務体系を導入しています。お互いに仕事を信頼して任せ合える、そんなチームづくりを意識しています。また、経営数字の開示も行っており、稼働率や売上だけでなく利益といった数値データをリアルタイムで社員と共有し、ただ知らせるだけでなく「どう改善するか」を一緒に考える。それが社員の主体性と経営への参加意識を高めることにつながっています。
志賀
林業は男性社会というイメージがありますが、女性の視点が入ることで、仕事に“やさしさ”が生まれると感じています。私自身、夫と分担しながらも、社員や家族の声に耳を傾け、働きやすい会社を目指しています。家庭では、家事や食事づくりも子どもたちと分担。中高生ともなると、娘たちが料理や洗濯を手伝ってくれる場面も増えてきました。
工藤
本当にそう思います。数字やデータを大切にしながら、働く一人ひとりの人間性やチームの一体感のバランスを取ることが、これからの経営には必要不可欠。私たち女性経営者だからこそ実現できる、新しい経営スタイルがあると信じています。
志賀
林業はこれから「森林総合サービス業」へと進化すべきだと思っています。伐採だけでなく、土地相続の相談、再利用までトータルで支援し、地域資源の未来を守っていきたいと考えています。環境への配慮はもちろん、子どもたちに林業の魅力を伝え、将来の担い手を育てることも大切にしています。
工藤
ホテルや旅館もまた、従来の形の宿泊施設ではなくユニークに多様に変化していっています。だからこそ私たちは、地域の歴史や文化、人の思いを伝える場所であり続けたいと考えています。昭和20年代、まだ旅館やホテルが数少なかった頃に初代社長の義祖母が創業して以来、ずっと地元の人々と深く関わってきたこのホテルが、地域の交流拠点としていくつもの時代を超えて機能してきたことを誇りに思います。次世代もさらに、この「金池」という地域に貢献できる企業組織として成長進化していこうと思っています。
志賀
素敵な取り組みですね。私も、森林環境譲与税を活用して地元の小学5年生に向けた林業体験プログラムを実施しています。実際に山に入り、森の仕事や役割、地域との関わりを肌で感じてもらうことで、「将来この地域で何かやってみたい」と思えるようなきっかけになればと願っています。
工藤
子どもたちの反応はいかがですか? 地域や自然に興味を持ってくれると、未来への希望にもつながりますよね。
志賀
まだ手探りですが、ふるさとの山に可能性を感じてくれたら嬉しいですね。これは“種まき”のようなもの。時間をかけて育てていきたいと思います。私自身65歳までに娘たちへ事業を継げるようにと、日常の会話や現場への同行を通じて、自然に興味が育つよう意識しています。
工藤
娘たちと部活の送迎中などに家業の話をすることがありますが、前向きに聞いてくれています。押し付けるのではなく、自然と「継ぎたい」と思える関係性を築けたらいいですね。母であること、経営者であること、どちらも全力でやるのは簡単じゃない。でも、それぞれが自分らしく、子どもや地域と向き合っている姿こそ、次の世代に残したい“背中”だと思うんです。
志賀
子どもたちは、私たちの働く姿をしっかり見ています。「普通のママじゃない」かもしれないけど(笑)。でも、仕事も育児も100点じゃなくていい。それでも毎日やりきっている——そんな自分を、少しだけ誇りに思えるようになりました。
工藤
24時間365日、仕事のことも、家族のこともずっと考えてますよね(笑)。今日は、経営者としても母としても、本音で分かり合える方に出会えたことが嬉しいです。
志賀
本当に、いろんな話をしましたが共感の連続でした。ありがとうございました。